川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                  雪の科学館



    雪、ガラス細工、タンポポの綿毛、モンシロチョウ、蛍……
    儚いものが好きだ。「儚」という字も好きだ。
    どうしてかなあ。

    小学校の国語の時間に、中谷宇吉郎の雪の話を習った。
    「雪は天から送られた手紙である」の一文に、私は強く惹かれた。
    天使からの手紙だろうか、それとも亡くなった祖父からの。
    だがその手紙を掌に受取ろうとすると、すぐに消えてしまうのだ。
    
    シャラシャラと微かな音を立てながら、樹々に止まり、屋根に落ち、道端に舞い降りる。
    やがて辺りを白一色の清浄な世界に変える。
    壊れた犬小屋も、枯れた草木も、誰かが捨てたジュースの空き缶も、みんな覆い隠す。
    雪は魔法使いだ。

    大人になっても雪への思いは変わらない。
   
    中谷宇吉郎・雪の科学館は、生地の石川県加賀市片山津にある。
    雪をイメージした6角塔が3棟、建物の下は柴山潟が広がっている。
    広い空、穏やかな湖、遠くには雪を被った白山連峰……。
    清澄な風景の中に、清らかな木造の建物。
    芝生をはった長いアプローチを、私はゆっくり歩く。
    
    本当は期待で走り出したのに。
    
    静謐な内部は、展示室と映像ホール、中庭・グリーンランド氷河の原、雪と氷の実験観察、
    そしてteaRoom冬の華から成っている。

    冷凍庫で作られるダイヤモンドダストの美しさに息をのむ。
    キラキラ舞い散る金銀プラチナの粒子は、まるで雪山のそれだ。
    綺麗な6角形の人工雪には、自然界の神秘を垣間見た気がした。
    そして氷を金属に挟んで作る氷のペンダント……。
    宇吉郎は世界で初めて、人工的に雪の結晶を作り出した科学者である。

    中庭には、グリーンランド氷河のモレーンの石の原が広がっている。
    宇吉郎が最後の研究をした北緯78度の極地から運ばれた、60tの石が敷かれているのだ。
    間違っても行くことのないグリーンランドに思いを馳せながら、私は石を撫ぜた。
    グリーンランド島のほとんどは、氷床と万年雪に覆われているという。
    「寒いところから来た石なんだね」
    心なしか石の内部が冷たいような気がした。

    この場を離れがたく、teaRoom冬の華のドアを開ける。
    空と湖が一挙に飛び込んで来た。
    柴山潟に野鳥がのどかに漂っている。
    コーヒーについてくるクッキーは、可愛い雪の結晶だ。

    雪への恋が実った旅であった。
    


    
                     2020.1.15