川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                             雪の日




     朝おきると、雪が積もっていた。
     家々の屋根にも、庭の木々にも道路にも。タイヤの轍の跡が白い道路にギザギザ模様を描いている。
     どうして雪はこんなにも美しいの。
     あたりを真白にうめつくして……つかのま汚れをおおいかくす。

     私は少女のころと寸分の変わりなく、雪が好きだ。
     ピーンとはりつめた、痛いような空気も好きだ。
     窓から外を眺めているだけでは物足りなくて、外に出た。
     行き先は決めていない。ともかく最寄り駅まで行く事にした。

     傘の上にシャラシャラと雪がふりかかる。繊細な音だ。
     六角形の雪の結晶の音だと、私は勝手に決めている。

     行き先をきめず電車に乗る。繁華街とは反対方向の電車に。
     まだ行き先は決まっていない。
     雪の高野もいいし、吉野もいい。

     足もとからの暖房が心地よい。窓の外は雪舞い。

     車内の暖かさが私の行き先を決めた。
     列車の窓ごしに、飽きるまで雪景色を眺めるのも悪くないと。
     JRには「大回り」という乗り方があるとか。
     これなら飽きるまで雪を眺めていられる。決まりだ!


     万葉まほろば線。
     たった2輌のワンマン列車で、ほとんどが無人駅だ。
     性善説だなあ、私は嬉しくなる。
     畝傍・香具山・三輪・巻向……帯解・京終駅……
     気が遠くなるほどのはるかな昔が、遠近(おちこち)に存在している。
     古代の、万葉の、平城の……。

     この列車に乗らなかったら、多分永遠に知ることのなかっただろう京終駅。
     「きょうばて」などと、どうして読むことができるだろう。
     平城京が終るあたり、との意だろうか。
     私と京終との、ちょっと心ときめく出会い。
     
     三輪山の大鳥居は雪の中にすっくりと立ち、
     巻向の古墳は、雪の下に静かに眠っていた。

     そして私は窓からの白い景色に、飽きることはなかった。

                      

       


                                                          2011・2・10