川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
エッセー  旅  たわごと  出版紹介 
                            



                        海沿いのまち


     おいしい魚が食べたいと急に思い立ち、海沿いの宿に行って来た。

     「コノ泊、風ヲ防グコト室ノゴトシ」
     ということから名付けられた室津の歴史は、神武天皇の頃にまでさかのぼる。
     神功皇后が風待ちをし、行基が港を整備し、平清盛が海上祈願をし……、
     小さな港に、江戸時代には本陣が6軒もあったというから、その繁栄ぶりが偲ばれる。
     旧街道のような匂いのする石畳を歩くと、格子のある家々が並び、路地の向うには海が光っている。
     
     瀬戸内海は凪でいた。
     遠く近くに島影が見える。唐荷島という島名に心ひかれた。
     唐船が難破し積荷が沢山流れ着いた島だという。
          玉藻刈る辛荷の島に島廻する鵜にしもあれや家思はざらむ  
     と万葉集にも読まれている。


     車を少し走らせる。
     海を見下ろす小高い山の上に、広大すぎるほど広大な御津・「世界の梅公園」なるものがあった。
     梅には早すぎる季節、寒々とした梅林に人影はない。
     梅林の途中に魚見台という見張り台が作られている。
     魚の大群が来ると海の色が黒く変わり、見張り台から海辺の漁師たちに知らせるのだとか。

     木々の間を行くと、突然、中国風の建物が姿を現した。
     尋梅館と唐梅閣。それにいたるところに陶器のパンダ。
     唐荷島の縁で中国と姉妹都市でも結んでいるのだろうか、梅も中国種のものが多い。
     中国に来たようで少し得した気分。
     2月ともなれば白梅や紅梅で、山全体が薄桃色の霞がかかったようだろう。
     まるで桃源郷、じゃなくて梅源郷……。

     空と海が朱く染まりはじめた。
     宿の前は牡蠣のイカダが連なっている。ふと若い日の出来事を思い出した。
     大粒のぷっくり膨らんだ牡蠣が、塗りの桶で運ばれてきた。
     箸の出ない私に、「なぜ、食べないの?」、友人が聞いた。
     「なんか蛙のお腹をみているようで……」
     いらい生牡蠣は駄目である。
      
     その夜の食事は、はたして……。
     

     
                                                       梅公園のアート