川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                       椿温泉
   


     喧嘩という喧嘩をしたわけではないのに、なぜか疎遠になった従姉妹がいる。
     いや、本当は互いにその理由は分っている。 だが分らない素振りをしている。

     5年ぶりに、
     「叔母ちゃんが亡くなったこと知らなくって」と、彼女から電話がかかってきた。
     めえちゃんからは絶対電話はくれないと思ってと、私の素っ気なさというか、
     思い切りのよさを、彼女は少しなじった。

     私と彼女は双子のように過ごした。共有した出来事のなんと多いこと。
     良い事も悪い事も、常に2人は一緒だった。

     「思い出の場所に行って、めえちゃんをなぐさめたいと思ったの。私が運転するから」
     「白浜?」
     「うん」
     50年も前、初めて泊りがけで行った白浜。
     たくさんのお風呂、真白な海岸、フェニックス、円月島……私達は興奮しどおしだった。
     
     そういえば彼女が運転免許を取った初めての日、私は助手席に座ったのだった。
     

     当日は、夏がぶり返したような日だった。
     久しぶりに会った私達は、顔を見合わせてただ頷きあった。
     「ちょっと遠回りだけれど、どうしても案内したい場所があるの。きっと気に入ると思うわ」
     車は海岸線をひたすら走った。

     椿駅は無人の駅だった。
     長いホームに、私達いがいに人影はない。
     私は黙って線路を見つめていた。こおろぎが鳴いている。
     「気に入った?」
     「うん、とっても」
     「良かった! ぜったいめえちゃんは気に入ると思ってた」
     「うん」
     鼻の奥が少しいがらっぽくなった。
     また私達は無言になった。
     抜けるような青空が広がっている。

     「これからも、どうぞよろしく」
     照れ隠しにふざけ口調で、2人は同時に言った。
     私も従姉妹も少し泣いた。
     
     
       

  

                                                         22、9、21