川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                        にゅう麺


     龍野へ行ってきた。
     気がとおーくなるほど昔に行って以来だ。播磨の小京都はずいぶん美しい町になっていた。
     あっちにも小京都、こっちにも小京都。
     町が整形美女のようになって、少しつまらないなあ……。
     昔は醤油の香りが漂っていたのに。

     弟夫婦と旅をするのも、ずいぶん久しぶりだ。
     年齢と共に兄弟が恋しくなるのかもしれない。仲良きことは美しき哉である。

     紅葉のシーズンとあって、龍野城や名園の聚遠亭は人でいっぱいだ。
     早々に退散をする。
     「龍野に来たら揖保の糸やな」、麺類に目がない弟はキョロキョロ辺りを探している。
     「今の時期やったら、にゅう麺やね。龍野醤油も有名やしね」
     揖保川の軟水が美味しい醤油をつくるのだという。
     醤油の自動販売機があるのも珍しい光景である。

     にゅう麺は美味しかった。
     食後、城下の町を歩いていると、一軒の骨董店があった。
     古いもの大好き人間の弟は、さっそく暖簾をくぐった。
     店の奥には、弟の欲しがっていた箱火鉢が、落ちついたあめ色の光沢を放っていた。
     「これ買うわ」
     値段の交渉もせず、弟は買った。弟は満面の笑みを浮かべ、義妹は眉間に皺をよせた。
     さっそく梱包してもらい、車に積んだ。

     「龍野でえらい買い物したねえ。けど知ってる? 炭代、一冬で4、5万かかるねんで」
     「ええっ!」と言ったきリ、義妹は口をつぐんでしまった。
     聞こえているのか、いないのか、弟は「にゅう麺、うまかったな」と言った。
     「しょうゆ饅頭というのも、食べとかなあかんな」、夫がハンドルを握りながら言った。

     気がつけば、三木露風の「赤とんぼ」の歌碑の前に立つのを忘れていた。
     赤とんぼのメロディーが流れるのに……。