川上恵(沙羅けい)の芸術村
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       四国八十八カ所巡拝の旅




    ふと思い立って、四国巡礼の旅に出ることにした。
    桜をめでる旅でもなければ、温泉旅行でもなく、88ヶ所巡拝の旅。
    理由はない。しいて理由をさがせば、お寺や仏像が大好きであること。
    それも信仰の対象としての仏像が。
    仏像に手を合わせ、その姿を拝していると、大いなるものに包まれる安らぎを感じる。
    自分をゆだねる心地よさと、敬虔さを覚える。永遠と一瞬を知る。

    揺れるローソクの炎、たちのぼる線香の煙……。
    体から邪悪なものが抜け出す気がする。
        
    今回は一人旅である。そりゃそうでしょ、心の旅路は一人でしょ。
    一人で行っても「同行二人」、お大師様と二人旅なのである。
    とはいっても、バスツアーである。

    中・高と仏教関係の学校だったので、気がつけば信仰心は身に添うていた。
    色即是空・空即是色と経もよむ。煩悩の数も、いかに自分がちっぽけな人間であるかも
    知っている。
    しいて言えば、そんなちっぽけな自分と対峙するための旅だったのかも知れない。
  
    まずスタートは、徳島県にある一番札所・霊山寺(りょうぜんじ)からである。
    門前の店屋で遍路用品を買う。私は笈ズルと呼ばれる白衣と、袈裟と諸々を買った。

    お遍路の作法は忙しい。
    納経堂と太子堂に経をあげるのだが、その前に納め札と称する札と、ろうそく・線香を
    供える。
    そして数珠を左手に、
          おんぼうじしったぼだはだやみ
    字を目で追うだけで、せいいっぱいである。

    その後、二番・極楽寺、三番・金泉寺(きんせんじ)、四番・大日寺、五番・地蔵寺・
    六番・安楽寺と休むまもない勤行三昧。
    人目をはばからず、声をだして経を唱えるのは、割合気持ちのいいものだ。
    声が裏山や広い空に吸い込まれてゆく。時間が一瞬とまったような、不思議な空間。
    とつぜん先達さんが、「ビンズルさんが赤いのは、なぜか知ってますか」と、場を和ませる。
    「それはね、お酒のみだからです。それに釈迦の弟子なのに、本堂の外にいるのは、神通力を
    むやみに使った罰として、部屋から出されたのです」
    それを聞いた男性は、へえ、ビンズルさんは酒飲みだったんですか、
    と嬉しそうに言った。    

    帰りのバスの車窓から鳴門の渦が見えた。春の渦は白く波立ち、巻いていた。
    眠っている人が多い中で、私は窓の外を眺め続けていた。
    浄土の方向に夕陽が落ち、空が金色に輝やいている。
    
    
    
                                                      2009・3・25