川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                      憧れの三点セット


     憧れの三点セットがある。
     山登りのあと露天風呂に入り、湯上りに痛いほど冷えたビールを飲む事である。
     ささやかな長年の夢だった。
     だが思い続ければ、夢は叶うものであるらしい。
     
     というわけで、梅雨の合間、大台ケ原へ行った。
     大台山荘周辺は、私でも楽しめる平坦地だった。
     だが空気は紛れもなく高地のものである。
     木洩れ日の射す小道が続いている。
     ところどころに木の根が、大蛇のように小道を遮っている。
     「人間は踏まれて強くなるけれど、あんたは痛むよねえ」
     木に話しかけていると、相方が、
     「僕も踏まれ弱いから、褒められて育つ人間やから、頼むで」
     いまさら育つもないだろうにと思ったが、運転手を怒らせてはまずいと黙った。
    
     心臓の弱い私は、日の出岳や大蛇ぐらなど、高望みはしない。
     山登りもどきで充分なのだ。雰囲気さえ味わえれば。

     それでも何種類の鳥の声を楽しんだだろう。
     「チチチチチチチ」
     「ツピツピー・ツピツピー」
     「ボー・ボー」と、霧笛のような鳴き声も聞こえる。
     人の声は聞き取りにくいのに、鳥の声は涼やかに聞こえる不思議。

     しばらく歩くと登り坂にさしかかった。残念ながらユーターンをする。
     「お先に」、熊よけの鈴の音を響かせながら、本物の山男や山ガールが高みをめざしてゆく。
     私の体力ではここまでが限界。ここで疲れるわけにはいかない。
     あとは露天風呂とビールだ。
     美味しいお造りと、天婦羅と、それに柿の葉寿司も食べないと。
     となると、冷酒もほしいなあ……。