川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                        最果ての地


     絵本「遣唐使物語」の関係で、五島列島の三井楽へ行く事になった。。
     どうせなら遣唐使船が通った同じコースをと、その名も「太古」という船に乗った。
     23時30分、博多港を出航。汽笛が冬の夜の空気を震わせる。
     だが、出航間もないというのに、揺れること揺れること……。
     意気揚々と向かった五島への旅は、そう簡単なものではなかった。
     
     とうとう私は一睡もできずじまいだった。
     だがそのお蔭で、漆黒の東シナ海も、海面を照らす銀色の月光も、刻々と夜の明けてゆく様も
     心ゆくまで味わえた。
     ちょうど満月だった。

     遠くに小さな灯りがポツリと見える。漁船だろうか。
     船酔いは一向に治まらない。
     それならばと、一晩中窓の外を眺めることにする。
     次第に闇が薄墨色になり、島影が仄かに波間に浮かびはじめる。
     やがて灰色の世界にほんの少し紫がかった桃色が混じり、朝が生まれた。                     
     
     宇久・小値賀・若松島・奈留島・久賀島と寄港しながら、太古は福江島に入る。
     福江港には午前9時だった。
     タクシーで、島内を回ることにした。
     バスの便があるにはあるが、はなはだ本数が少ない。
     
     
     五島椿森林公園の玉之浦椿は、この地特有の種で、赤い花弁を白い色が縁取っている。
     五島列島は、日本一の椿の本数を誇るとか。

     遣唐使の旅立ちの地である柏崎は波風が高く、遣唐使の行く手の困難を暗示する厳しさだ。
     彼等はここで何を思ったのだろうか、一瞬、時がタイムスリップする。

     渕ノ元カトリック墓碑群は、十字架の墓標やマリア様が海を背に佇ずみ、
     エキゾチックな雰囲気が漂っていた。
     
     特に印象的だったのは堂崎教会と大瀬崎灯台。
     五島列島は隠れ切支丹の地だ。島内のいたるところに教会が点在する。
     入り江の水際に建つ堂崎教会は、赤レンガのゴシック様式だ。
     荘厳な内部は、ステンドガラス越しの光が神々しく美しい。
     私はブッディストだが、教会は大好きだ。美しいものは善である。
     
     大瀬崎灯台は絶景だった。
     東シナ海に突出した断崖。その突端に白亜の灯台。
     その景色を眼下に眺める雄大さ。
     夕陽がまた素晴らしい。
     海が朱色に燃えて、観光船が航跡を引きながら光の中を進んでいく。
     最果ての地から、私は夕陽の落ちてゆく先を見守った。

     この景色を再び眺めることはあるのだろうか、私は目蓋の奥にしっかりと焼き付けた。


       
   この椅子に座り、私は
 一晩中、海を眺め波
 の音を聞いたのでした 
   井持浦教会には聖水
 が湧き、ルルド水と呼
 ばれている。
  
     
     
                                                          2011・2・20