川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                        梅干うどん


     目を酷使することが続いて、体までが怪しくなってきた。
     大人しく寝ていればよさそうなものだが、一日中、天井だけをみて過ごすのも難しい。
     ベッドのなかで本を読んだり、テレビを観つづけるに決まっている。
     
     そう言っているあいだにも、目の前には薄汚れた綿様のものが、ゆらりゆらりと浮かんでは
     消えて行く。

     よし、こうなったら、目から本やテレビ、パソコンを遠ざけるしかない!
     そうだ! 電車に乗ろうと決めた。「大回り」という格好のものがあるではないか。
     ぼんやりと車窓の景色を楽しめる、ローカル線がいいなあ。
     眠くなったら眠ればいいし……。
     確か、和歌山駅の構内では「梅干うどん」が食べられると、聞いた事がある。
     行き先は決まった。幸いな事に、なぜか今朝は早起きだ。
     行動は早い。8時半に家を出た。

     JR柏原駅 → 王寺 → 和歌山駅 → 天王寺 → 志紀駅 
     大回りの始まりである。

     柏原発 8時59分発の大和路線に乗り、王寺駅下車、9時25分発の和歌山行きに乗る。
     和歌山行きが1日に2本しかないのも、ローカルならではの面白さだ。
     電車はワンマン列車である。
     車両は2両だけで、乗降は1両目の前の入口だけというシンプルさ。

     のどかな風景が窓を流れる。
     黄金色の稲穂が広がり、所々では、田を焼く煙が立ち上っている。
     畦には、真っ赤な彼岸花が、田を区切るように咲いている。
     秋だなあ……

     もちろん、思いつきの旅であるから、独りである。

     昔の按摩さんが掛けるような、真っ黒のサングラスをかけ、目薬を差しながら、
     デジカメで写真なんぞを撮っている私は、人様からみれば鉄道オタクに見えるんだろうなあ、
     まあ、いいか。その傾向、なきにしもあらずだもの。

     吉野口、五條、橋本、高野口、粉河……

     和歌山駅に着いたのは、11時44分。王寺から35もの駅があった。もちろん各駅停車である。
     お目当ての梅干うどんを探すが、見当たらない。
     仕方なく、帰りの電車、11時58分発の阪和線・紀州路快速に乗る。

     そう言えば、電車で和歌山に来たのは、子供の時以来である。
     ローカル線からの景色を見続けた私には、和歌山駅は大都会に見えた。     

     大回りは同じコースをとれない。
     天王寺で乗り換え、柏原の1つ手前の志紀駅でいったん改札を出なければならない。
     天王寺には13時10分に着いたが、ここで冷たいビールなどとの誘惑に負けて、改札を
     出てはいけない。折角の大回りが水の泡となる。

     家に着いたのが2時。5時間半、120円の旅であった。
     ああ、疲れた……。
     だが私は今日の事を人には話さないだろう。
     「しかし、あんたはよっぽど暇やねんなあ。よおやるわあ」
     そう言われるに決まっているから。

                                                       
  
       

     
                           
                                                         2011.10.4