川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                 日本のチベット?


   
   実家の庭は北向きだった、おまけに焼き板の塀が狭い庭を囲っていたので、陽の差さない
   陰気な庭だった。そのせいか咲く花も寂しげだった。
   白い芙蓉、シャガ、ツワブキにシュウメイギク、そして秋海棠。
   原風景なのか、同じ空間を共有したよしみの身びいきなのか、歳と共に、庭に咲いていた
   花が好きになる。 

   河内長野市の岩湧寺周辺には秋海棠の群落があるという。
   庭石の蔭などにひっそりと咲く可憐な花は、海の妖精のクリオネを思わせる。
   群れている様はどんなだろう。
   聞くところによると、その辺りは日本のチベットと言われているそうな。
   そんな大層なと思いながら、車の助手席に乗り込んだ。

   岩湧寺は標高898mの岩湧山の中腹にある。
   寺までの山道は車一台がやっと通れるほどの狭さで、杉の大木に覆われ昼でも薄暗く
   所々で電気が灯っている。山肌にはポツリポツリと人家がへばりつくように建っている。
   何を燃やしているのだろう、木立の間から煙が立ち昇っている。
   山肌から清水が滲みだして、細い流れをつくっていた。
   「うーん、チベットね。行ったことはないけど、全くの嘘でもない感じやねえ」
   
   薄暗い山路が延々と続き、道を間違えているのではと不安になりかけた頃、
   ちらほらと秋海棠が目に入り始めた。
   チロチロと瀬音と、微かな鳥の声が聞こえる。
   次第に花の数が増えてきた。
   小さな滝が見えたころ、群落が現れた。
   ピンクの花の群れが石畳の両側を埋めながら山道を登っている!
   気候とよほど相性がいいのか、どの花もたっぷりと水分を含んだように瑞々しく、逞しい。
   「元気に咲いてるね。うちの庭にも咲いてたのよ」
   誰もいないのを幸いに小声で話しかける。
   そう言えば庭にあった靴脱ぎ石、どうなってるのかな?
   庭に不釣り合いな大きな靴脱ぎ石だった。
   

   岩湧寺へは、本来は「ぎょうじゃの道」を辿っていくのだが、体が歩きたくないというので
   車でさらに山道を進んだ。
   途中にはキャンプ場があったが、今どきキャンプをする子供はいるのだろうか?
   ボーイスカウトやカブスカウトの子供たちを、見かけなくなったなあ……。

   岩湧寺は役小角が開基(701〜704)の寺である。
   本堂や多宝塔の辺りは老杉林が高くそびえ、霊気のようなものが漂っている。
   足元には秋海棠、天には老杉とカヤの大木。
   シーンという音だけが聞こえる岩湧の山。
   役小角が河内の空を飛び回っていたのが納得できた。
   
   岩湧山は高野山とも金剛山とも違った様相をしている。
   二山に比べ標高は低いのに、空の見えない山だった。
   



                      2018.9.28