川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                  魅せられました



    ひっそりとした、まだ訪れたことのない寺院へ行ってみたいな。
    奈良がいいかな、それとも京都。
    白洲正子さんの著書「十一面観音霊場」の中に、
    「伊賀の山中に発する木津川は、南山城の渓谷を縫いつつ西へ流れる。
    その川筋には点々と十一面観音が祀られている。それは時に天平時代の名作で……」
    とある。

    決めた! 京都の南端、南山城の京田辺市まで車を走らせることにした。
    もっとも走らせるのは夫である。

    菜の花が一面に咲く田圃の向こうに、寺の本堂らしき建物が見える。
    奈良時代に創建された普賢教法寺の後身、観音寺である。
    寺は奈良の興福寺の別院だったそうで、盛時は、諸堂13・僧房20余を数える大寺
    だったそうだ。
    だが現在は山門もなく、鐘楼と鎮守社の「地祇神社」が見えるばかりだが、
    手入れのされた広々とした庭が清々しい。
    春は黄色からの例えの通り、サンシュユやマンサク、菜の花が満開だ。
    
    こぢんまりとした本堂に上がり、住職に厨子を開けていただく。
    厨子の内面の金色を背に佇む、御本尊の十一面観音像のあまりの美しさに息をのんだ。
    伸びやかな体躯に、なんとも高雅でおだやかな面立ち。衣紋の流れは木津川のように流麗だ。
    ブロンズ像のような光沢の像は、木心乾漆造である。
    漆の厚さは5ミリから2センチほどだとか。
    それにしても、美しい。おのずと首を垂れ両手を合わせていた。
    
    国宝の十一面観音像は、日本中に7体おわすそうだ。
    奈良県の聖林寺・法華寺・室生寺、京都の六波羅蜜寺、大阪の道明寺、滋賀の向源寺、
    そして観音寺である。
    奈良時代が2体、平安時代のが5体。観音寺の仏様は奈良時代生れである。
    
    これで国宝の十一面観音様のすべてにお会いしたことになる。
    十種勝利(現世利益)と四種果報(死後成仏)を約束して下さる観音様だ。
    なんとも心丈夫なことである。

    あれ? ひょっとして、向源寺はどうだったかなあ。拝観したような、しなかったような。
    紅葉だけを楽しんで帰った気もするなあ……。
    時期を変えてゆっくり観音様に会いに行こう。
    
    それにしても長閑な南山城の御仏には魅せられた。どんどん好きな御仏が増えてゆく。

    

                            2020.3.13