川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                          今年の桜



     今年最初にめでる桜は、母が最後にめでた桜にしようと決心していたのに……
 
     天神さんの境内は、狭いけれど一角は桜の園だった。
     ベンチが3脚ならんでいる。
     毎年楽しみにしているのに、雨が降ったり風が冷たかったり風邪をひいたりと、
     母はなかなか桜を見る機会には恵まれなかった。
     近所とはいえ、車椅子の身には遠かったのだ。
     だからこそ、桜なのだ。

     ところが去年、母は満開の桜の下、ベンチに座ることができた。
     くいいるように花を見上げていた。首が痛くならないかと心配するほどに。
     桜の花弁がひとひら、ふたひらと舞って、母の肩にとまった。
     最後の桜だと分っていたのだろうか……、
     だからあんなにも、くいいるように魅入っていたのだろうか。


     4月4日、空が抜けたような快晴、気温14度
     今年初の桜は、醍醐の花見となった。
     決心などというものの、いかに頼りなく、もろいものか。
     月曜日だというのに、曜日を間違えているのではないかと思うほどの人出だ。
     桜は人知れずひっそり咲くを良しとする私には、いかにもベタな花見である。

     枝垂桜が満開だった。
     昨日でもなく明日でもなく、まさに今日が盛りである。
     いってんの染みもないまっさらな花弁は、陽にすけて美しい。
     土埃が舞い上がっている。
     清らな花弁が汚れないだろうかと、それが気がかりだった。


     明日は母が座ったベンチに私も座ろう。
     懐かしい村の天神さんを訪ねよう。母の写真を連れて。
     

       
                                                  母の花見スポット三宅神社


                                                           2011・4・4