川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                              蛍のさと


     久しぶりに伊吹山あたりもいいね、ということで、車の助手席に座った。
     五月のドライブは気持ちがいい。

     米原のインターチェンジで高速を降り、まず山津照神社へ向かう。
     なんでも息長氏の本拠地だとかで、神功皇后も衣通姫も、この地に生まれたのだ。
     衣を通してもその肌の美しさは光輝いたという、衣通姫は允恭天皇の思い人である。
     その允恭天皇陵は我が家からは近い。
     感動癖のある私は、なかなかその場を離れられない。

     「さあ、行くで!」、感動癖のない夫が車に乗り込んだ。
     車は米原市山東町を目指して国道を走った。実はこの辺りは夫の故郷である。
     義母が亡くなった後、家を処分し更地にしたが、その後どうなったか夫は知らない。
     「久しぶりやから、家の前通ったらどう? 懐かしいのと違う?」
     まあな、といいながら夫は、「長い事来てへんから、曲るところ忘れてしまった」
     「ええ! そんなことってある?」

     
     ぶじ、曲る所を間違わず、車は源氏ボタルの生息地である天の川沿いを走った。
     伊吹山が前方にどっしりとした山容をみせている。
     「もうすぐ家やね、ドキドキする?」
     「別に」
     感動のない男である。もっとも照れかもしれないが。

     家があった場所は駐車場になっていて、やけに広々と静かだった。
     道を挟んで建っていた離れも取り壊され、1ピース亡くしたジグソウパズルのように、ぽっかり
     四角い空き地となっていた。
     夫は何も言わなかった。

     すこし行くと「グリーンパーク山東」という公園があった。
     伊吹山を背景に5月の緑と風が美しい。
     「ええとこやね」、私の言葉に、夫は初めて来たと言った。

     伊吹山の麓には、ヤマトタケルと猪の銅像が青空の下で対峙していた。
     「また蛍の頃に、こなあかんね。その時は近江牛やね」
     
     


 山津照神社             グリーンパーク山東