川上恵(沙羅けい)の芸術村
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          久しぶりの白馬


     むかしむかし、冬の白馬へなんどか行った。
     ゆきゆきゆきゆき……、白一面の世界だった。
     息子はまだ子供で、それでもスキーは上手だった。私はいつも滑り降りてくる息子を、
     下のゲレンデで待っていた。

     何十年ぶりかの白馬は、新緑の真っ只中だった。
     雪の感触を確かめたくて、雪渓の残る峰にゴンドラで登った。
      
     1550メートルの山上に、携帯が鳴った。
     「天気はどう? 久しぶりの白馬、楽しんでる?」
     息子からだった。
     「うん、楽しんでる……」
     「それはよかった……」

     むかしむかしの白馬を、ほんの1、2秒、私と息子は共有した。
     山の冷気に鼻の奥がツンとした。
     
     この空気、息子に届くといいなと、できもしないことを私は願った。
     そして過ぎ去った日は、決して戻らないのだと、当たり前のことを思った。
     
     
     
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白馬連峰