川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                               御城番屋敷



     見所は一杯なのに、通過点になってしまう観光地がある。
     私にとって、松阪や鈴鹿はそれに当たる。伊勢への通過点なのだ。

     息子が大学生だったころ、「物分りのいい女は、男にとって都合の良い女」などと、生意気な
     事をいった。一丁前の事を言ってと可笑しかったが、それって何事にも通じるなあと、最近思うのだ。
     通過点になってしまう観光地は、そんな女性を連想させる。

     なんだかそんな地をゆっくり訪ねて見たくなった。
     というわけで、1日目は松阪、2日目は鈴鹿を楽しむ事にした。
     とは言いつつも白状すると、泊まりは伊勢である。
     
     松阪は本居宣長ゆかりの地である。松阪城は風情があって、桜の頃はさぞかしと思われた。
     松阪木綿も捨てがたい。だが今回の一番の目的は、「御城番屋敷」である。
      
     御城番屋敷は江戸末期に、旧紀州藩士が城の警護のために住んでいた、武家屋敷である。
     驚く事に長屋である。屋敷は槙垣で囲われ、石畳が長く伸びている。
     このような組屋敷は大変珍しいらしく、いまでも普通の生活が営まれている。
     私は一軒一軒、垣根の中をそっと覗き込んだ。
     どの家も掃除が行き届き、郵便受けが生活の匂いをかもし出していた。
     『無理やなあ、私にはとても住めないなあ』
     この旅行から帰ったら、家を大掃除しようと決めた。

     鈴鹿では伊勢国一の宮、椿大社が目的だった。
     長い参道はまさに神域の霊気に包まれている。所々に椿が植えられているのも風情がある。
     本殿の横の別宮・椿岸神社に、私は魅せられた。
     木立の間に見える朱塗りの社殿のなんと華やかに可憐なこと。
     だが残念な事に、ここでデジカメの電池が切れた。充電するのを忘れていたのだ。
     
     こうしてお気に入りの場所が、また2つ増えた。
     伊勢への通過点は私にとって、このうえない床しい土地であった。

     
 
      木曳車           松阪の街並み        松阪木綿           御城番屋敷