川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                              がけ崩れ


     奈良県野迫川村弓手原に小屋を置いている。
     もう20年になるが、行ったのは数えるほどしかない。
     何より夜が恐ろしい。
     ひとけは皆無、深すぎる闇、雨など降ろうものなら、その恐ろしさは嫌がうえにも増してくる。
     平家落人の里なのだ。
     木々の梢を陰陰と伝い落ちる雨だれ、屋根を叩く雨音、時おりの風、
     平家の落ち武者が濡れた草履で、ヒタヒタと小屋の周りを歩き回る錯覚に陥る。

     この夏、テレビで熊野古道を見ていて、あの小屋はどうなっているだろうと、ふと気になった。
     小屋は果無山脈沿いの小辺路の近くにある。
     雑草が生い茂り、入口を完全にふさいでいることだろう。
     獣達のねぐらになっているかもしれない。
     世界遺産になった高野の山も見たくなり、何年かぶりに夫と草刈に行く事にした。
     お盆のことである。

     我が家から小屋までは、2時間半から3時間である。
     聖地高野山の山上から、竜神スカイラインにのり、途中弓手原に下る。
     清流沿いの静かな過疎の村である。気温は下界よりゆうに10度は低い。
    
     少し行くと驚く事に、
     「この先、がけ崩れのため通行止め」の、看板が立っていた。
     小屋のすぐ傍である。復旧のめどは未定と書いてある。

     一山が崩落し道をふさぎ、岩石や土砂が清流にまでなだれ込んでいた。
     私と夫は呆然と立ちすくんだまま、声も出ない。
     自然の驚異をまざまざと見せ付けられた気がした。
     数日降り続いた大雨が原因だとか。
     そんな崩落の現場を、真夏の白い太陽が照りつける。

     仕方がなく、鶴姫公園に寄り道をしたものの、
     また、3時間をかけて私たちは帰途についたのである。

       

                                                          23・8・14