川上恵(沙羅けい)の芸術村
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             どうしても見たかった



   奈良国立博物館で開催されている、国宝の殿堂、藤田美術館展に、どうしても行きたかった。
   曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき、とタイトルがついている。

   5月は色々なことがあって、気がつけば最終日の数日前である。
   正倉院展のように混んではいないだろうと、嵩を括っていたが、なんのなんの館内は何重もの
   人の列。
   何事にかかわらず、行列が苦手の私だが、今回だけは列に連なった。
   修行、修行……と、呟きながら。

   今回、私が見たいものは、
   世界に3点しか現存しないという、曜変天目茶碗と、玄奘三蔵の絵巻物と、地蔵菩薩立像と、
   空也上人立像の4点である。
   国宝9点、重要文化財53点を含む、多種多様な東洋古美術品128点の中の、たった4点である。
   だが、どうしても見たい4点である。
   いつもそうだが、私は自分の見たいもの以外は、見ない。
   その代わり見たいものはじっくり見る。感動や印象や記憶を大事にしたいからだ。

   曜変天目茶碗(国宝)は、昔に1度だけ見たことがある。
   だが、コバルトブルーの色が美しかったことしか覚えていない。
   黒い小さな茶碗は、やはりコバルトブルーの色が綺麗だった。
   茶碗の中の「小宇宙」とはうまく言ったものだが、あまり理屈をつけるのもなあ、
   と思いながらも、
   「今年はしっかり天の川を見よう」と、決めたのだった。

   玄奘三蔵の絵巻物(国宝)は、その色彩の美しさに圧倒された。
   特に、艶やかで透明感のある緑色には魅了される。鎌倉時代から色が少しも褪せていない。
   時間と空間を1枚の絵の中に表現した日本独自の形式には、知性と合理性を感じる。
   法師の旅の苦難さが、ひしひしと伝わって来た。

   極楽にいく自信のない私は、地獄から救い出して下さるという地蔵菩薩の大ファンである。
   今回出展の地蔵菩薩立像(重文)の、なんと清々しいこと。
   赤い唇、お洒落なネックレス、形のいい丸い頭。繊細な光背を背負った正統派の美青年である。
   こんな人がいるのなら、あの世にいくのも悪くないなあ、と魅入ってしまう。
   私以外にも、こんな不真面目なことを考えて、仏像と対峙している人はいるのだろうか……。
   心の中の事は誰にも分からない。

   隔夜僧に興味を持っている私は、奈良の隔夜寺に置かれていた可能性もあるという
   「空也上人立像」に会いたかった。
   今回出品されている立像は、六波羅蜜寺の空也上人より小ぶりだったが、お約束の、
   念仏を唱える小さな6体の阿弥陀仏が、口から伸びた銅線の上で浮かんでいる。
   この像のユニークさに魅せられるのである。
   なんと自由な発想だろう。
 
   仏像や古美術に囲まれている幸せ。ゆるゆると時が流れる。
   久しぶりに頭に栄養をあげたひと時だった。
   それに、
   解放されている庭園は人影もなく、贅沢な空間だった。

   見残した宝物は家に帰って、ゆっくり楽しむことにしよう。
   図録はずしりと重い。



   
                         2019.6.10