川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                    頂上に立つ



   奈良県に標高274mの明神山がある。
   ゆいいつ私が頂上を制することの出来る山だ。
   それも人の何倍もの時間をかけてだが。

   陽光がチラチラと、木の葉の間から、舗装された山道に影を落としている。
   ヨボヨボに見える老人が、杖をつきながら追いこしてゆく。
   「えっ、嘘やん。私、このお爺ちゃんに抜かされるの」
   子供を抱いた若いママがヒールのついた靴で、軽々と山道を登ってゆく。
   「どこまで元気やのん。けどヒールはあかんよ。せめてぺったんこの靴にしなさいよ」
   お先に、お先に、と声をかけられるたび、私は心の中で憎まれ口をたたく。
   明神山はその程度の手軽な山なのだ。
   
   
   エベレスト・マッターホルン・アイガー北壁・K2……。
   ピッケルで氷を掴み、ロープを頼りに、氷の山肌にへばりつきながら1歩1歩登ってゆく映像を
   見ていると、なんだか自分も一緒に登頂をしている気分になって、テレビの前から
   離れられない。
   山頂からの白一色の景色の神々しいこと。まさに神の座だ。
   はるか眼下も、切り立った山・山・山・……。
   コンパスで円を描くように360度、見えるのは青い空ばかりだ。
   

   低山ながら明神山からは、奈良側、大阪側、和歌山側と360度のパノラマを楽しむことが
   出来る。
   遠くは比叡山、大峰山、金剛葛城は言うに及ばず、大和三山もくっきり。
   西方向の大阪側を望遠鏡でのぞけば、淡路島や明石海峡大橋の下を船が通っている。
   近くには百舌鳥・古市古墳群が点在している。
   允恭天皇陵が正面に見える。とすると我が家はあの辺りだな。
   大神神社の鳥居も、東大寺も興福寺も法隆寺も箱庭を見るようだ。

   人気がないのを幸いに、備え付けの望遠鏡を独り占めしている。
   こういう時間がたまらなく好きだ。
   頂上には水の神様をお祀りする「水神社」がつつましく鎮座している。
   風が気持ちいい。心が晴ればれする。
   頂上っていいなあ……。




                        2018.11.2