川上恵(沙羅けい)の芸術村
 話のポケット
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                       飛鳥U


   たまには贅沢もいいでしょう、ということで飛鳥Uに乗った。
   もっとも日本国内のショートクルーズだ。
   
   出航間際のウエルカムドリンク、もちろん私はシャンパンを手にする。
   「うーん、おいしい」。グラスはすぐに空になった。
   余程私が物欲しげだったのか、優しい女性スタッフが「どうぞ」と、またサービスを
   してくれる。
   きっと私は満面の笑みだったに違いない。
   
   テープを手渡され、岸壁に向かってなげる。
   だが岸壁にまで届くテープはほとんどなく、海面に色とりどりの細い帯となって漂う。
   ゆらゆら、ゆらゆら、赤や黄色や水色がゆうらゆら。

   このテープは水に溶けるのだろうか? それとも誰かが回収するのだろうか?
   心配しながら、海を見下ろしていると、
   クルーが出港の合図の銅鑼をたたきながら、甲板をやってくる。
   鳴り響く銅鑼の音。
   いやがうえにも盛り上がるセイルアウェイ・パーティー。

   私は興奮し通しだった。
   岸壁で手を振ってくれる見知らぬ人に、大きく手を振り返す。
   夕焼けが神戸の海と空を染めている。出航だ。


   ディナーのコース料理、無料の軽食やソフトドリンク、静かな図書室、カジノルーム、
   ショーに映画、お洒落なショップ……。
   どれもこれも豪華な非日常。

   だが、よほど貧乏性に出来ているのか、私は甲板に出て暗い海を眺めている。
   もっと船内を楽しまないと、勿体ないのに……。

   真っ白な恐ろしいような航跡波。砕け散る波。風が冷たい。
   はるか遠くに、ぽちりとした灯が見える。灯台だろう。
   飛鳥Uは今どのあたりを進んでいるのだろう。

   夜の海はいくら眺めていても飽きることがない。
   さすがに体が冷えてきた。

   船の夜はこれからだというのに、私は早々にベッドに入った。
   船旅の雰囲気を味わったから、それで充分なのだ。
   結局、いちばん燃えたのは、出港時のセレモニーという、なんとも情けない旅であった。