川上恵(沙羅けい)の芸術村
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                  雨の瑠璃光寺


     長年の夢だった瑠璃光寺。
     白壁の門から足を1歩踏み入れた瞬間、「わー」っと、ため息にも似た声が
     でた。
     憧れのやや細めの五重塔は、雨の中に佇んでいた。
     大雨のせいで紗のスクリーンがかかっている。
     雨もいいなあ……  雨が似合う五重塔だなあ……
     なんと幻想的な光景、またもやため息。

     雨に恐れをなしたのか、広い境内は観光客は数人だけという贅沢さだ。

     私は五重塔を独り占めすべく、池の回りをゆっくりと塔に向かう。
     桜がぽつぽつと桃色を滲ませている。
     静謐な静寂のなかに聞こえるのは、どしゃぶりの雨音だけ。

     この優美な五重塔は日本3名塔の1つである。
     法隆寺・醍醐寺、そして瑠璃光寺。
     だが私は3名塔だから惹かれたのではない。その名前に惹かれたのだ。
     瑠璃や玻璃といった言葉の響きが好きなのだ。
     瑠璃はラピスラズリ、紫みをおびた青色の貴石である。また古代ガラスの呼称でもある。
     ちなみに玻瑠は水晶。
     なんともエキゾチックな塔の名前ではないか。

     瑠璃光寺は禅宗である。
     建造物や境内、庭園は言うに及ばず、小石にいたるまでが清々しい。
     周辺は香山公園になっている。
     鶯張りの石畳で、手を叩いたり足踏みすると、美しい音が返って来るそうな。
     石畳も雨に煙っている。
     
     さらにおもいもかけぬ、おまけがあった。
     本堂の奥に目の薬師として知られる、出雲の一畑薬師が祀られていた。
     私は真剣に熱心に頭を下げた。
     後ろから夫が、「お賽銭、大盤振る舞いしといたで」
     
     私は急に現実の世界に戻された。
     さっきまで甘やかに感じられた雨が、途端に煩わしい雨に変わった。